『ANTHRO VISION (アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界』(ジリアン・テット著、土方奈美訳、日本経済新聞出版)読了
「今年読んだ中で一番面白い本」の最有力候補作と出会いました。
フィナンシャル・タイムズ(FT)誌のトップジャーナリストであり、ケンブリッジ大学出身の社会人類学者であるGillian Tett氏が記した本です。
日本語版は2022年1月初版。
まえがきの「コロナ禍と顎ヒゲ」のエピソードを見て、お、これは面白そうな本やな、と思って読みましたが、素晴らしい一冊でした。
ひとことで言うと。
今日の問題の本質をとらえること、そして対応することに「人類学」というツールが役に立つんだよ
ということが書かれている本なのですが、それを語るひとつひとつのエピソードが、すごく面白いです。
先日、私はこのような記事を書きました。
ここで書いた
「広く実体験として、いろんなものを見て、いろんな人と出会い、話」すこと。
この重要性を再確認できました。
個人的に一番興味深かったところ。
第六章「おかしな西洋人」のプリムローズ・スクールズの事例です。
保育サービスを運営するプリムローズ・スクールズの経営陣と、子どもを預ける親世代には決定的な違いがありました。
幼児教育の役割についても、保護者の認識は教員たちのそれとは違っていた。教員たちは教育的成果をアピールした。だが保護者は子供の人格、好奇心、自己表現、レジリエンスを育んでほしいと望んでいた。(中略)「適応力こそが二一世紀のスキルだ、と」。
もうひとつ両者に違いが見られたのは、保護者は権威との上限関係への意識が希薄だったことだ。科学者、教員、企業のトップ(あるいはプリムローズの経営陣)が常に最高のアドバイスをくれるとは考えていなかった。(中略)「専門家」を権威とはみなさなかったし、そのために保育サービスにおカネを払おうとも思わなかった。(P.172)
いわゆるビッグデータを持っている側が、優位で権威のある専門家である、と私たちは考えがちですよね。
でもそれはあくまでも自分の属する文化的集団においてのみ通用するものであって、実は
ルールはコンテクストに応じて変化しうる(P.176)
もの。
例えば、製品やサービスがとても優れていて、万人に受け入れられるもので信頼性も高い、などなど、売り手はがんばって説明しますよね。でも、購買者からしてみれば、自分で自分の商売のことは良く書いて当然だと思われています。
その証拠に、第三者である口コミサイトのベストレビュアーに「使いにくい」と書かれたら全く売れません。
さらに、うちのサービスを使うとこんなに便利で豊かになるよ、というイメージ画像をパンフレットやWEBサイトには載せがちなんですけれど、それも結局売り手側の押し付けであることは、購買者は百も承知なわけです。
自覚・自省する。
この本を通読しましたが、特に目新しいことはなく、当たり前のことばかり書かれていました。でも「改めて考えさせられる」という言葉がぴったりの読後感。
特にイギリスや日本のようなかつて栄華を誇った経験のある国(と、その国民)は自分たちとは違う文化的・社会的、道徳的価値観を否定しがちです。
本書に出てくるBPのバーナード・ルーニーのように、自分たちの置かれている状況を冷静に受け止め、自覚し、視野を広げることができるかどうかが、今後生き残れるかどうかの分かれ道になるんでしょうね。
常に自省しないといけません。
終わりに。
コロナ禍真っ只中の日本。
2021年に書かれた本書が、このスピードで日本語訳されたのは本当にありがたいです。翻訳もいいですね。文章がすらすらと頭に入ります。
調べてみると、訳者の土方奈美さんも元々は日経の記者さんだったそうで、さすがの文章力です。
あらゆるビジネス、カルチャー、そしてパンデミックも初めは非日常だったのに、今はそれが日常になってしまっている。そんな私にとって、とても刺激を与えられた一冊でした。
星5つです。全力でオススメします。